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2019年1月 7日 (月)

one day (829)   Kurayoshi/Tottori

Img289

これは2001年晩秋、母校の後輩を撮影した一枚。
まだ露出を理解出来ていなかった頃で、
アンダー気味ですが、撮影しておいて良かった。
この頃までよく練習に参加していました。
ノックを打ったり、ノックを部員と一緒に受けたり、
とても楽しい時間でした。
身体もよく動きました。
退職した直後で、時間がたくさんあったのです。
そしてこの写真のようにプレイしている瞬間以外の、
グランド整備や挨拶の場面などに、
人間の色気、艶やかさを感じます。
こっちの方がもしかしたら大切かもしれません。
昔の、よちよち歩きだった頃のネガをプリントするのは、
とても楽しい時間です。
その瞬間を覚えていますし、
いまに流れる時間の経過を踏まえて、
この掌の上の写真について考えることは
とても豊かな時間です。
写真はとても個人的なことだと
認識する瞬間でもあります。
暗室で現像液に印画紙をチャプチャプしている時間も
時空を超えて当時に想いを馳せる、
とても豊かな時間です。
最近は、例えば過去に撮ったポートレートを観る時、
その人が着ている服や付けているアクセサリーなど、
じっくり観るようにしています。
その人の個性をよく反映しています。
それらを選んだその人の意思が写っていますし、
それについて考える事も楽しい時間です。
髪型や眉毛の形もそうですね。
それらの総体が肖像写真でもあります。
まあ、そんなことをしていたら時間がいくらあっても
足りませんが、たまにはそんな見方もいいかなと。
個人的には2Lくらいの大きさで、中判フィルムで撮った
写真が観やすく、考えやすいかなと思います。
私の祖父の大昔のアルバムには、
そんな写真が結構あって、
時間の経過というスパイスもあって、
哲学する要素が満載です。
多分、どの家庭にもそのような写真、アルバムが
遺されているのではないでしょうか。

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