2019年5月
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2019年5月18日 (土)

one day (892) 鵠沼海岸〜横須賀スタジアムなど

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川崎市/2018年

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海と緑が観たくて、

バスと電車を乗り継いでひとり遠足へ。

自宅を出て15秒のところにバス停があるのはありがたい。

まずは鵠沼海岸へ。

 

江ノ島まで歩きながら何枚か撮り、

10年振りくらいの江の電に乗って鎌倉へ。

湘南の高校生はとてもお洒落です。

江の電は激込で、観光客満載でした。

 

鎌倉ではお参りをして、逗子海岸へ。

ここでも写真を何枚か撮り、コーヒーを飲んで少し休憩。

 

ちなみにカメラはNikonFM2です。

もう20年くらい使っています。

仕事では使った事が無いですが、

35ミリフィルムカメラでの作品は、

ほぼこのカメラを使っています。

頑丈で、故障した事もないです。

電池が切れてもシャッターが切れるのもいいです。

 

そしてそして、ここまで来たなら横須賀球場へ。

日ハムの吉田投手が投げるとニュースで観たので、

清宮選手とのそろい踏みを観たく、向かいます。

 

しかし、先発は福田投手。

吉田投手のユニフォームを着た人や、

タオルを持参していた多くのファンからは

大きなため息が漏れましたが、

この福田投手もいいピッチャーで、

締まった投球、試合となりました。

清宮選手も、この球場で1年前に観ており、

スイングの切れを改めて感じました。

 

吉田投手が観れなくて残念でしたが、

実は昨年お会いしています。

金足農業を取材で訪れた際、偶然にお会いしました。

野球部の取材ではなかったのですが、

挨拶もできてラッキーでした。

 

試合を8時くらいまで観て、家路へ。

鵠沼〜江ノ島〜鎌倉〜逗子〜横須賀と、

僕の好きなルートです。

かなりの駆け足なのでいつもひとり遠足なのですが、

気分転換にはもってこいです。

吉田投手は体調不良ということですが、

清宮選手と共に、間もなく1軍ですね。

 

2019年5月14日 (火)

one day (891) うなぎ、など

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谷中/2019年

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「コースの招待券が2枚あるんだけど、行けなくなっちゃって。

代わりに行ってくれない?」

という、ワンダフルなお願いが家人にあり、

神田の老舗へうなぎを食べに。

2組だけが入れる奥の座敷に通され、

美味しかったですね。

私は基本的に量があれば満足な質で、

なんでもおいしく感じますが、

上品な味であることは、さすがにわかりました。

そういえば去年のいまごろも、

うなぎをごちそうになる機会がありましたね。

 

2組だけの個室なので、

どうしてももうひと組の会話が耳に入ってきます。

30代の男女。

同じ会社に勤め、男性は出張で東京に来ていて、

この食事のあと新幹線に乗って家路へ、

という話だったり、

たまに出てくる言葉が、

遠い昔に私が働いていた業界のことばだったりして、

それはB/Lとか水産部とか、(ちなみに私は畜産部)

かつての僕の同僚はこんな時間と日常を

いまも過ごしているんだと、

懐かしくも、しあわせな気持ちになりました。

そしてこのふたりのように

端から観たらふたりはどういう関係なんだろうと

勝手にこちらの想像力が膨らむ時間を過ごしている

かつての同僚も何人かいるでしょう。

 

そういえばネクタイを締めた20代の私も、

かつて神田で吞んでいましたね。

いまも昔も、やっぱりぼくは野球の話をしています。

去年のうなぎの席でも、もっぱら野球の話。

打者・大谷翔平がいかにすごいか、

まさに大谷選手の地元で熱弁していました!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年5月 9日 (木)

one day (890) 大谷翔平復活など

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2017年撮影。

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復活、というほどではないでしょうが、

大谷翔平の今シーズンが開幕しました。

当然のように去年のピーク時のような

投手を呑み込むオーラは感じられませんでしたが、

さすが!

という場面もありました。

場数の、時間の問題でしょう。

打率3割2分、

本塁打35本、

盗塁25個、

これが僕の予想です。

期待も込めての数字ですが、

イチローが引退会見時に言っていたように、

世界一の選手になるにはこれくらいの数字は

軽くクリアしなければ、というものでしょう。

いちファンの身勝手な想いでした。

 

そういえば、去年のGWは大谷選手の地元、

奥州市水沢地区に行っていました。

厄年の42歳と25歳(ともに数えで)の男女が主役のお祭りで、

前夜祭も含め、2日にわたって市内を踊り歩くのです。

ちなみに25歳の若者達は、大谷選手の小・中学校の同級生になります。

代表者はスピーチで、大谷選手の活躍にも触れていました。

大谷選手も祭りのことは当然知っていたと思いますが、

前夜祭の日に、

ヤンキースのエースから苦手とされていた内角の速球を

完璧に捉え、本塁打としました。

粋!

昨年何度も繰り返し、流れていた映像です。

やっぱりスターやなあと、昨年ひとりシビレていたのを思い出します。

同じ岩手出身の菊池投手も普通にやっていれば勝ちますし、

今年もメジャーは楽しみです。

もちろんプロ野球にも高校野球にも期待しています。

 

 

 

 

 

2019年5月 5日 (日)

one day (889) Urawa/Saitama

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2018年撮影。

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令和。

観るのも書くのも、まだしっくりきませんが、

いずれ慣れるでしょう。

この連休中、テレビをほぼ観ていませんが、

世間はどうなっているのでしょう。

ラッシュがどうこう、行楽地はどうこう、

今年は元号がらみもありますね。

 

 

私の生活圏内はとくに変わりありません。

駅前のカフェが集まる一帯はすごいことになっていますが。

私は雨の日に、一度だけ行きました。

考え事をするために、書類を抱えて。

 

 

ここ数日は図書館からたくさん本を借りてきて、

少しずつ読んでいます。

先日も触れた「暮らしの手帖」がお気に入りです。

これまでは写真に目を通すばかりでしたが、

文章もじっくり読んでいます。

特に、渡辺尚子さんと木内昇さんの文章がお気に入りです。

いつもそこに発見と共感と学びがあります。

流行や時代に流されない、地に足の着いた

力強さと確かさがあります。

 

 

木内さんは小説家として有名ですが、

以前はカルチャー誌の編集をされていました。

私は手元に3冊残しています。

そのうち2冊は「写真家・佐内正史特集」。

私が写真を始める前とその直後のもので、

いまでもたまにページをめくります。

いつか持ち込み営業しようと思っていましたが、

廃刊となり、ノーチャンスでした。

数年後に木内さんが作家として大きな賞を獲られ、

あの雑誌の方だ!

と少し嬉しい気持ちになりました。

というわけで、

私の机には、たくさんの「暮らしの手帖」が積まれています。

 

 

そしてインスタグラム!

初めて1ヶ月ですが、いろいろなことが解りました。

また、なかなか数が増えない事もわかりました。

(あくまで私の場合ですが)

いくつかのアドバイスを頂き、全て実行していますが、

私の作品に関心を持つ人は

”通(つう)”なんじゃないかと思ったりしています。

私らしくタンタンと、粛々と、マイペースで続けていきたいと思います。

 

 

そういえば写真を始めたころ、

アシスタントに付きたくて、何人かのカメラマンさんに連絡した際、

ほとんど無碍に断られた中、

時間を作って下さった方がいました。

そして初めてお会いし、緊張する僕にこう言われました。

「僕に会いたいなんて、キミ、通だね。」

 

その後短い期間しか手伝えず、ご迷惑ばかりかけていましたが、

カメラマンとしてのひとつの生き方を示して頂けた事は、

いまとなっては大きな財産だと感謝しています。

2000年代初頭の、少し古い話でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月30日 (火)

one day (888) 1989-2019

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平成最後の日となりました。

1989年。

年が明けて間もなく平成の世に。

中学2年生でした。

平成最初の日本シリーズ。

大逆転で近鉄は優勝を逃し、巨人が優勝。

個人的には、引退を決めていた中畑清が、

のちのメジャーリーガー、

吉井投手からレフトスタンドへホームラン、

男泣きする絶好調男に胸が熱くなりました。

 

 

そして翌1990年、高校生に。

それまで2年連続でセンバツ甲子園に出場していた野球部へ。

濃密な3年間。

通算本塁打1本。

三振、エラー数えきれず。

 

 

そして大学〜社会人の8年弱のほとんどを大阪で過ごし、

(大変だけど、楽しかった!)

28の歳でいきなり写真の世界へ。

 

 

「しのご、ってなんですか?」

「あの細長くて最後舌で舐めるやつ、何ですか?」(中判フィルムのことです)

という、とんでもないスタートでした。

そして現在に至ります。

 

 

冒頭にもあげましたが、

この30年のほとんどを、イチローが引っ張ってくれたように思います。

私たちの親の世代が長嶋さんに支えられたように。

野茂や松井秀喜にもかなり心震えましたが、

(95年、野茂をL.Aに観に行った!)

イチローのプロ入りが1991年なので、

ほぼ平成に並走してくれたことになります。

 

 

2001年は会社を辞めてイチローを観に行きました。

正気の沙汰ではありません。

でも輝かしいルーキーイヤーを観に行かなきゃ。

シアトル、オークランド、クリーブランド。

どこでもイチローはスターでした。

露出もよく理解できないまま、

ニコンFM2で豆粒ほどに写るイチローを追いかけました。

この2001年はとても印象深い年です。

 

 

そして先月の東京ドーム、

巨人とのオープン戦でしたが、

PENTAX645Nを携え、フィルムで1箱ほど

最後の勇姿を収めました。

しみじみと、さめざめとした気持ちで。

 

 

野球と写真の話が続きましたが、

この30年間、いろいろありました。

曾祖母の世代、祖父母の世代がみな鬼籍に入りました。

世代がひとつ繰り上がったわけです。

荷物、そう、肩の荷が少しずつ増えてきました。

自ら背負い込んだり、まだ持てそうだからと背負い込まされたり、

団塊ジュニアの私たちにはそういうこともあったかもしれないけれど、

明日から日本だけが新しい時代の幕開けを迎えるという

このお目出たいタイミングに便乗して、

少し肩の力を抜き、心穏やかな時代を指向していきたいものです。

 

 

加えて、個人的には明日からすこし、とんちんかん、

パッパラパーを指向してもいいんじゃないかと。

とんでもない平成の幕引きとなっておりますが、

明日からはパープー指向の私です。

何卒宜しくお願いします。

 

 

反面、作品に関しては、

ひとりでも多くの人の目に触れ、

なにかひとつでもお役に立てるような、

そんな活動、スタイルを目指していきたいと思います。

お互いいい時代、明日を迎えましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月26日 (金)

one day (887) Yanaka/Tokyo//有元伸也 写真展など

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2019年撮影。

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素晴らしい展示でした。

チベットの作品、初めて生で観ました。

静かで熱い作品。

プリントのクオリティーも最高級。

最近、有元さん御本人から作品に関するお話を

お酒を交えて楽しく、真剣にお聞きする機会があり、

よりリアルに作品を感じることが出来ました。

素晴らしい時間に感謝です。

会場には若い女性が連れ立って

真剣に作品を観ている姿がありました。

有元さんの熱が届いていて、

とても嬉しい光景でした。

 

 

2019年4月23日 (火)

one day (886) Kiyosumi/Tokyo //海街diaryなど

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2019年撮影。

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やっと是枝監督の「海街diary」を観ました。

これまで何度かチャンスがあったけど、

ようやくケーブルテレビで観ました。

 

とても美しい映画でした。

4姉妹にそれぞれの美しさがあり、

それを際立たせるロケーションも秀逸でした。

カメラワーク(フィルム現像等のオペレーションも含めて)も

素晴らしいものでした。

以前是枝監督の著書を読んだ際、欧米の観客から

「時間が水平に進んでいるのではなく、円環している」

というようなことを言われたという記述がありましたが、

それを強く感じました。

   

 

四季の移ろい、4姉妹の生き方、

死を連想するシーン(法事や葬式)など、

多岐にわたりました。

そして小津作品へのオマージュであり、

古き良き日本映画への敬意であり踏襲であり、

日本映画界への遺産であると、

勝手に解釈していました。

あと、鎌倉がいいですね。

行きたくなります。

美人ばかりの4姉妹で、

上手く収拾がつくのかなあと思ったりしたけど、

これが見事なハーモニーで是枝色にも染まり、

とても心地よい作品で、清々しい気持ちが強く残りました。

 

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インスタグラム始めました。

アカウントは

takeshifunayose

です。

こちらもどうぞ宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年4月21日 (日)

one day (885) Harajuku/Tokyo //インスタグラム雑感

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インスタグラムを始めて2週間あまり。

いろいろなことを感じています。

サンプル数が少ないですが、

世界のあちこちからアクセスがあり、

意外な写真にハートマークがついたり、

反対にいろいろな人の写真が見れたり。

今さらながら、もうひとつの世界があるんだなあと

いまひとつ実感が持てないまま、

世界はものすごい早さで動いているということでしょうか。

これもサンプル数が少ないのですが、

僕の作品はベルリンとかダブリンとか、

空が曇って薄暗いイメージの地域の人が

よく観ている印象があります。

山陰生まれ、育ちの僕と共通する何かがあるのでしょうか。

いろいろなことが少しずつわかってきましたが、

生来の気質なのか、

注意深くやっていこうと感じています。

特に期待とか持たずに、

さもありなん、

といったところでしょうか。

自分が関わるちょっとしたひとつの現象として、

観察していきたいと思います。

僕と同じような

朴訥としたポートレートを撮っている人からのアクセスは

ちょっぴり嬉しいものがあります。

 

 

2019年4月19日 (金)

one day (884) Marunouchi/Tokyo//谷村有美など

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2019年撮影。

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谷村有美を聴いている。

もう何年かぶりに。

90年代半ば、学生のころ、彼女のラジオ番組をよく聴いた。

MUSIC GUNBO。

FM802の番組。

ハートフルで、私の地味な生活の滋味となってくれた。

歌もよく聴いたが、コンサートにもよく行った。

手元にその頃の写真集がある。

1年間の彼女の軌跡を、写真家・大森克己さんが追っている。

今度サインしてもらおう。

その本の最後に、私もその空間にいた大阪城ホールの光景がある。

鮮明に覚えているが、それは彼女がステージから降りて、

眼の前を歩いてくれたからだ。

有美さんのファンだったら大丈夫!

と許可が下り、実現したと、

彼女は嬉しそうに話していた。

とてもキラキラして、美しいひとだった。

それから数年後、僕は転勤で東京に移り、

そのラジオ番組を聴くこともなくなった。

その後彼女は結婚し、休業し、いまはマイペースで活動している。

いつかまた歌を聴きに行きたいと思うし、

当時の自分を思い出して温かい気持ちになってみたいと思う。

18歳から大阪で8年弱暮らしたが、

いいことも、そうでないことも、

当時の思い出はとても輝いていて、

かけがえのないものである。

その思い出のなかに、谷村有美の歌があり、ラジオがある。

 

 

 

 

2019年4月15日 (月)

one day (883) Marunouchi/Tokyo //暮らしの手帖など

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2019年撮影。

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「暮らしの手帖」を読んでいる。

図書館から10冊ほど借りてきた。

いつもは書店で立ち読みし、写真を主に観ていたが、

記事をじっくり読んでみようと借りてきた。

素敵な雑誌だということはわかっていたが、

改めて実感した。

特に好きなのは、職人を追った記事。

写真家・松本のりこさんと文筆家・渡辺尚子さんの

「ひきだし」はいいですね。

取材対象と併せて三位一体で化学反応が起こり、

とてもよく伝わります。

そして真四角写真。

ぼくもいつか使ってみたい。

そして「ワンピースの女」というコーナーも素敵です。

毎回素敵な女性が登場しますが、

こんな女性がたくさんいる国はさぞステキだろうと思います。

そしてそして知らなかったのが、

現編集長が女優・本上まなみさんのご主人だということ。

ぼくはスタジオアシスタントをしていたころ、

本上さんにレフ板を当てたことがあります。

とても綺麗な方でした。

そして、その撮影者の方が印象的でした。

「君は自分に似ている」と、

ぼくに対して言われました。

その方は一般的なカメラマンのイメージからは遠く、

地味でそれこそ90年代の大学生のようでした。

ぼくは別の撮影を手伝っている際、

被写体である高名なミュージシャンに、

「君の格好は、大学生みたいだね」

と言われ、撮影者にも忠告されたことがあります。

15年くらい前のことです。

その数年後、あまり代わり映えしない出で立ちで、

今度はぼくが女優を撮っていました。

あのとき、親近感を持って話しかけてくれた、

あのカメラマンのように。

と、いうことを思い出しました。

いまだにぼくは90年代の学生のような出で立ちで歩いています。

ジーンズにスニーカーを履いてチェックのシャツを着て。

古着を求めて大阪のアメリカ村を歩いていた学生のあの頃が、

あの雰囲気が、とても好きなのです。

 

 

 

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